青葉通 ~仙台の大手筋~ ①(歴史編)

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秋の青葉通を散歩してきました。

最近では定禅寺通の影に少し隠れてしまっている感もある青葉通ですが、
仙台駅青葉城大手門を繋ぐこの通りは、紛れもなく仙台の大手筋です。

今回はそんな青葉通を歩きながら、仙台の今と昔の街並みについて見て行きたいと思います。







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仙台中心部の道路は、他の都市にもみられるようにほぼ碁盤の目の形をしています。

まずは東西に走る、①定禅寺通、②広瀬通、③青葉通、④南町通



そしてそこに、①西公園通、②晩翠通、③東二番丁通、④東五番丁通が交差します。

以前はこれに東一番丁通も加わっていましたが、現在は歩行者専用のアーケードとなり車の進入はできません。




これは 「明治元年現状仙臺城市之図」 と名付けられた、青葉城からの当時の眺めです。
約140年前の仙台の町並でも、やはり碁盤の目を基調とした町割りがなされていることが解ります。
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近年では循環型社会として都市政策の研究対象にもなっている江戸時代の街。                    (クリックして拡大できます)
この解像度だと地名が解りづらいと思いますが、それでも地形を頼りに眺めてゆくと当時の雰囲気が掴めて面白いです。


この絵が描かれた時代は年号こそ明治ですが、明治元年といえば東北は会津戦争、そして函館戦争へと続く戊辰戦争の真っ只中。
幕府側の主力として緒戦で奮闘した仙台藩ですが、会津戦争で見せつけられた官軍との戦力差の前に降伏したのもこの年です。

下の図は1868年、つまり、この絵が描かれた明治元年その年の東北の情勢です。

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正に激動最中の東北地方。

仙台藩が降伏したのが同年9月15日であること、そして絵が描かれた時期が樹木の様子から10月~12月であると思われることから、
この絵が仙台藩の敗戦直後に描かれたものだということが窺われます。

賊軍として終焉を迎えた仙台藩最後の景色、明治という新時代に仙台はどう変わってゆくのか-
作者は不明ですが、題名に入った「現状」という字に、作者の仙台に対する当時の想いが伝わってくる感じがします。




そんな時代を背にした幕末仙台の町並みですが、先ほどの絵から今回歩いた辺りを拡大してみましょう。
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青葉通は・・・見当たりません。

実は明治元年の城下町に青葉通はまだ存在しておらず、その誕生は戦後を待つことになります。

当時の大手筋は、名掛丁を通って大手門へ至る道、すなわち現在のアーケードや青葉通の裏路地を繋いだルートがそれに該当していました。
そして、もう一つのメインストリートである国分町通とは、芭蕉の辻において交差し、ここが町割の基点となっていたのです。


現在では青葉通が名実ともに大手筋に該当する大通りとなりましたが、
一方の旧大手筋はとても狭い裏路地と化しており、芭蕉の辻も路地裏の交差点という雰囲気です。

ただ、改めて地図を見てみると、確かに後になって作られた青葉通の方が“枝道”になっていることが解りますね。

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                                      が旧大手筋、が青葉通


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芭蕉の辻についても少し見てみたいと思います。

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これは江戸時代の芭蕉の辻。

当時大手筋は塩釜・松島・石巻へ、国分町通は奥州街道として江戸や津軽に繋がっており、
それぞれ経済や交通の要として、藩の重要な役割を果たしていたそうです。

4隅を固める立派な楼閣と、それを飾る龍の意匠・・・
重要な街道が交差する芭蕉の辻には、きっとシンボルとしても特別な意義があったのかもしれませんね。



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次の写真は、全ての楼閣が健在か不明ですが、少なくとも2つ(3つ?)は確認できるので、
遅くとも明治中期頃のものと思われます。

交差点付近には荷物を運ぶ馬(牛?)の姿も写っていて、軒先の佇まいや人々の服装からも、
まだ江戸時代の雰囲気を色濃く残す仙台の様子を知ることができます。



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こちらは大正時代の芭蕉の辻。 国分町通を国分町方向に見たところです。

楼閣は火災による焼失を受けながらも、まだ1つだけ残っています。
北東角にあるレンガ造りの洋館は、七十七銀行(当時は第七十七国立銀行)の本店。

和洋折衷、正に大正浪漫といった感じの一枚ですね。



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そしてこれは、ほぼ同じアングルから撮影した現在の芭蕉の辻。
空襲で一切合財が焼失し、現在は復元された道標と石碑だけがその所縁を今に伝えています。

七十七銀行本店は昭和4年に対角線上の南西角に移動し、現在は同じ場所に立つビルに芭蕉の辻支店が入っています。
現在北東角に見えるのは日本銀行の仙台支店です。


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・・・






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青葉通の端、大手町より大橋・大手門 ー
あの青葉山で城下町の絵が描かれてから、140年後の仙台。

戊辰戦争に敗れ、過酷な戦争責任から近代経済に決定的に乗り遅れた東北地方は、長い間

暗く、貧しい、遅れた地域として見なされてきました。

しかし、だからこそ温存されてきた豊かさが、この東北の地にはあるように思います。

明治になってようやく始めた経済カルチャーが今後ようやく先進国の落ち着きを迎えつつある今、
東北にはこれからの未来を形づくる自然や知恵、食、人々の温かさが沢山残っています。

紅葉の青葉山を前に、140年後の仙台へ思いを馳せます-




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by shinjiro7633yc | 2011-11-22 22:23 | - 仙台の風景


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